「セットアップオフィスは賃料が高い」。オフィス移転を検討した経験のある方なら、一度はこの言葉を耳にしたことがあるはずです。
ただ、実際のところ「坪単価がいくらなのか」「通常オフィスと比べてどれくらい差があるのか」を正確に把握できている企業は、意外と少ないものです。月額賃料の数字だけを見て「高い」と判断し、検討対象から外してしまうケースも珍しくありません。
本記事では、エリア別の坪単価データから、初期費用・原状回復費を含めたトータルコストの比較まで、移転判断に必要な情報を整理しています。
読み終えるころには、自社の状況に照らした「適切な選択肢」が明確になるはずです。
セットアップオフィスの「賃料が高い」は本当か

「坪単価が高い」という印象は、多くの企業が最初に抱く感覚です。しかし、この判断の前提には、「何と比べて高いのか」「賃料に何が含まれているのか」という整理が必要です。順を追って確認しましょう。
賃料に含まれているものを確認する
セットアップオフィスの月額賃料が高く見える最大の理由は、その賃料に内装工事費やデザイン費が実質的に含まれているからです。
ビルオーナーは入居前に内装・什器・照明・会議室設備などに投資を行い、その費用を月額賃料に上乗せして回収する仕組みをとっています。通常オフィスで入居者が自前で負担するはずだった内装工事費が、毎月の賃料として分割払い的に積み上がっているイメージです。
具体的には、セットアップオフィスの坪単価は通常オフィスに対して1坪あたり3,000〜10,000円程度上乗せされているケースが一般的です。一見すると「高い」と感じる数字ですが、別途発生するはずだった内装工事費(坪単価15万〜30万円程度)が不要になる点を考慮すると、単純な「割高」とは言いきれません。
月額賃料だけで判断するのではなく、入居から退去までのトータルコストで考えることが重要です。
グロス坪単価とネット坪単価の違い
物件を比較する際にもう一点注意が必要なのが、「グロス坪単価」と「ネット坪単価」の違いです。
ネット坪単価は基本賃料のみ、グロス坪単価は基本賃料に共益費・管理費を加えた数値を指します。多くの物件情報サイトではグロスで表記されていますが、なかにはネットのみ記載しているケースもあります。
たとえば、ネット坪単価28,000円の物件でも、共益費が3,000円/坪かかるとすればグロスでは31,000円になります。異なる物件を比較するときは、必ずグロスで揃えて確認することが基本です。問い合わせ時に「共益費込みの坪単価はいくらか」を確認する習慣をつけておくと、比較ミスを防げます。
エリア別セットアップオフィスの賃料相場(坪単価一覧)
東京都心のオフィス賃料は、エリアによって大きく差があります。2026年4月時点の主要エリア別データをもとに、セットアップオフィスの坪単価相場を整理します。なお、以下の数値はグロス坪単価(共益費込み)の目安です。物件グレードや面積によって上下するため、参考値としてご活用ください。
渋谷区・恵比寿エリアの坪単価
渋谷区は、都心5区のなかでも特に坪単価が高いエリアです。IT・スタートアップ企業の集積地としてブランド価値が高く、物件の希少性も価格を押し上げています。
通常オフィスの坪単価は22,000〜26,000円前後が目安です。これに対し、セットアップオフィスは33,000円前後が相場となっており、小規模区画(30坪未満)では渋谷駅周辺を中心に40,000円台に達する物件も見られます。
30坪のオフィスで試算すると、月額賃料は99万円前後となります。渋谷・恵比寿エリアでセットアップオフィスを探す場合、月額100万円前後を一つの目安として予算設計をしておくと、候補が絞りやすくなります。
なお、同じ渋谷区でも代官山・中目黒方面や道玄坂から離れたエリアでは、坪単価が若干下がる物件もあります。渋谷区アドレスにこだわりつつ賃料を抑えたい場合は、駅徒歩圏のなかでも立地条件を柔軟に見直すことで選択肢が広がります。
港区・品川区の坪単価
港区は六本木・赤坂・虎ノ門・田町など多様なビジネス拠点を抱えるエリアです。企業の信用力を高める「港区アドレス」として人気が高く、スタートアップから大企業まで幅広い規模の企業が入居しています。
通常オフィスの坪単価は20,000円前後が目安で、セットアップオフィスは27,000円前後が相場です。渋谷区に比べるとやや抑えられており、30坪で月額81万円前後が一つの基準になります。
六本木・虎ノ門エリアのハイグレードビルでは坪単価40,000円超の物件もありますが、田町・三田・芝公園方面では比較的リーズナブルな物件が見つかることもあります。港区内での立地選択によって、同じ「港区アドレス」でも賃料に大きな開きが生まれます。
品川区は港区に隣接しており、品川駅・五反田エリアを中心にオフィス需要が高まっています。セットアップオフィスの坪単価は25,000〜30,000円程度が目安で、コストパフォーマンスを重視しながら主要ターミナル駅へのアクセスを確保したい企業に向いています。
新宿区・千代田区の坪単価
新宿区は日本最大級のターミナル駅を擁し、多くの路線が集まるアクセス利便性が最大の強みです。オフィス市場では、渋谷区より坪単価が抑えられている物件が多く、コストとアクセスのバランスを重視する企業に人気です。
通常オフィスの坪単価は16,000〜22,000円が目安です。セットアップオフィスの坪単価は24,000〜32,000円程度が相場帯となっており、新宿駅至近の物件は高め、新宿御苑・若松河田方面はやや抑えられる傾向があります。
千代田区は、大手町・丸の内から神保町・神田まで幅広いエリアを含むため、坪単価の幅が最も大きいのが特徴です。丸の内・大手町のハイグレードビルでは坪単価40,000円を超える物件もある一方、神田・岩本町エリアでは20,000円台前半から探すことができます。セットアップオフィスの坪単価は17,000〜40,000円以上と幅が広く、エリアと物件グレードによって大きく変わります。
以下に主要エリアの目安を表形式で整理します。
- 渋谷区:通常オフィス22,000〜26,000円/坪 セットアップ33,000円前後/坪
- 港区:通常オフィス20,000円前後/坪 セットアップ27,000円前後/坪
- 新宿区:通常オフィス16,000〜22,000円/坪 セットアップ24,000〜32,000円前後/坪
- 千代田区:通常オフィス17,000〜24,000円前後/坪 セットアップ20,000〜40,000円超/坪
- 都心5区平均:通常オフィス約21,000円/坪 セットアップ約25,000〜40,000円/坪
なお、参考として、都心5区の一般オフィスの平均坪単価は2026年時点で21,000円前後です。これに対し、セットアップオフィスは同エリアで約25,000〜40,000円が相場帯であり、通常オフィスの1.2〜1.5倍程度の水準となっています。
通常オフィスとのコスト比較——月額賃料だけで判断しない
「坪単価が高い=割高」という判断は、月額賃料だけを切り取った比較から生まれます。しかし、オフィスにかかるコストは入居から退去までの全期間で考える必要があります。初期費用と原状回復費を加えたトータルコストで見ると、評価は大きく変わります。
初期費用・原状回復費を加えたトータルコストシミュレーション
通常オフィスとセットアップオフィスのコストを比較するうえで欠かせないのが、初期費用の差です。
通常オフィスに入居する場合、内装工事費として坪単価15万〜30万円程度かかるのが一般的です。30坪のオフィスであれば450万〜900万円の工事費が発生します。これに敷金(6〜12ヶ月分が多い)、仲介手数料、オフィス家具の調達費用が加わるため、契約時に必要な資金は1,000万円を超えることも珍しくありません。
一方、セットアップオフィスでは内装工事費が不要です。入居時に必要な主なコストは敷金と仲介手数料に留まります。同じ30坪のオフィスで、初期費用が700万円程度まで抑えられるケースもあります。
退去時の原状回復費用にも差があります。通常オフィスでは自社で施工した内装をすべて撤去する必要があり、坪単価3万〜5万円程度の原状回復費が発生します。30坪で90万〜150万円規模です。セットアップオフィスの場合、内装はオーナー資産のため原状回復の範囲が狭く、費用を大幅に圧縮できることが多いです。
5年間でのトータルコスト(月額賃料×60ヶ月+初期費用+原状回復費)で比較すると、坪単価に1.4倍程度の差があっても、ほぼ同水準に収まるケースが多いとされています。月額賃料の差が初期費用・原状回復費の差で相殺されるためです。
入居期間別の損益分岐点
トータルコストを入居期間別に整理すると、「どちらが有利か」はより明確になります。
一般的に言われているのは、2.5〜3年程度が損益分岐点となるという考え方です。
入居期間が2〜3年以内の場合、セットアップオフィスが有利です。初期費用と原状回復費の差額が大きく、月額賃料の割増分を差し引いてもトータルで低コストに収まります。特に移転頻度が高い成長期のスタートアップや、事業計画が流動的な企業には最適な選択と言えます。
入居期間が3〜5年の場合、セットアップオフィスと通常オフィスのトータルコストはほぼ拮抗します。5年間で見ると初期費用・原状回復費の差額が月額賃料の割増分に飲み込まれ始めます。内装へのこだわりやキャッシュフロー上の事情がなければ、どちらを選んでも大きな差は生まれにくい局面です。
入居期間が5年を超える場合、月額賃料の差額が積み上がるため、通常オフィスのほうがトータルコストは低くなります。長期的な定着を前提としている場合は、当初から通常オフィスで内装工事を行う選択も合理的です。
セットアップ・居抜き・通常オフィス——3形態のコスト比較
オフィスの形態には、大きく「通常オフィス(スケルトン渡し)」「セットアップオフィス」「居抜きオフィス」の3つがあります。それぞれの特徴とコスト感を整理しておくと、自社に合った選択がしやすくなります。
通常オフィスは、コンクリート打ちっぱなしのスケルトン状態で渡される一般的な賃貸オフィスです。月額賃料は最も低い水準ですが、入居前に内装工事が必要で、初期費用と工期がかかります。内装の自由度が高く、自社ブランドに合った空間を一から作り込みたい企業に向いています。
セットアップオフィスは、ビルオーナーが内装・什器を整備した状態で貸し出す物件です。月額賃料は通常オフィスより高くなりますが、内装工事不要で即入居が可能です。初期費用を抑えつつ、一定の内装品質が確保された環境で業務を開始したい企業に選ばれています。
居抜きオフィスは、前のテナントが使用していた内装・設備をそのまま引き継ぐ形態です。前テナントの内装によって品質や状態にバラつきがありますが、セットアップオフィスに比べて月額賃料が抑えられるケースが多く、気に入った内装であれば非常に高いコストパフォーマンスを発揮します。
3形態の主要な比較軸をまとめると以下のとおりです。
- 月額賃料:通常オフィス<居抜きオフィス≦セットアップオフィス
- 初期費用:セットアップ・居抜きが低く、通常オフィスが高い
- 原状回復費:セットアップ・居抜きが軽減されやすく、通常オフィスは高め
- 入居までのリードタイム:セットアップ・居抜きは2〜3ヶ月、通常オフィスは3〜6ヶ月以上かかることも
- 内装の自由度:通常オフィスが最も高く、セットアップ・居抜きは制約あり
どの形態が最適かは、入居期間・初期資金の状況・内装へのこだわりという3つの軸で判断するのが現実的です。この判断軸については、記事の最後「まとめ」で改めて整理します。
月額賃料以外のコスト削減余地
「賃料が決まったら交渉の余地はない」と思われがちですが、実際にはいくつかの観点で削減の余地があります。契約前に把握しておくことで、月額コストや初期費用を改善できる可能性があります。
フリーレント・敷金交渉の実態
フリーレントとは、入居後の一定期間(1〜3ヶ月程度)の賃料が免除される条件のことです。セットアップオフィスでも、特にオーナーが早期入居を希望している物件や、募集開始から時間が経っている物件では交渉に応じてもらえるケースがあります。
月額賃料が90万円のオフィスで2ヶ月のフリーレントが取れれば、実質的に180万円のコスト削減と同等の効果です。年間賃料総額に占める割合としては大きく、移転費用の一部を実質的に補填できます。
敷金についても交渉余地があります。一般的に敷金は6ヶ月分が設定されていることが多いですが、企業の信用力や保証会社の利用を条件に、3〜4ヶ月分に減額できるケースもあります。30坪・月額90万円のオフィスで敷金が6ヶ月から3ヶ月に減額されれば、270万円の手元資金が確保できます。
ただし、フリーレントも敷金交渉も「当然の権利」ではなく、物件のニーズ状況や時期によって可否が変わります。空室率が低い現状では、競争力の高い物件ほど交渉の余地は限られます。希望条件を持ちながらも、物件の状況に応じて柔軟に交渉することが重要です。
ハーフセットアップという選択肢
セットアップオフィスには、「フルセットアップ」と「ハーフセットアップ」の2種類があります。
フルセットアップは内装・家具・什器がすべて揃った状態で貸し出される形態です。契約後すぐに業務を開始できる反面、月額賃料はセットアップオフィスのなかでも高い水準になります。
ハーフセットアップは、内装工事(間仕切り・会議室・照明など)は完成しているものの、家具・什器はテナント側が用意する形態です。内装の初期投資は不要にしつつ、家具については自社の好みやブランドに合わせて選択できます。月額賃料はフルセットアップより若干低めに設定されることが多く、初期投資と月額コストのバランスを取りたい企業に向いています。
「内装はあってほしいが、家具は自社で選びたい」「セットアップオフィスの月額賃料をできるだけ抑えたい」という場合は、ハーフセットアップ物件を条件に加えて探してみると選択肢が広がります。
キャッシュフローへの影響——コスト総額以外の判断軸
トータルコストの比較では「5年間でほぼ同水準」という結論が出ることが多いセットアップオフィスですが、実際の移転判断においてはもう一つの重要な軸があります。それがキャッシュフローへの影響です。
通常オフィスに入居する場合、契約時に内装工事費・敷金・仲介手数料が一括で必要になります。30坪規模でも1,000万円以上の資金が一時的に流出する場面が生じます。
セットアップオフィスであれば、この初期資金が700万円程度に抑えられます。差額の300〜400万円は手元に残り、採用・マーケティング・製品開発など事業投資に充てることができます。
「トータルコストが同じなら、内装工事費を先払いする通常オフィスも変わらないのでは」という見方もできます。しかし、資金の出方のタイミングは経営にとって非常に重要です。特に成長フェーズにある企業では、同じ金額でも「今すぐ必要か、分散されて出るか」の違いが事業推進の速度に直結します。
また、2026年現在、東京都心の空室率は2%台という歴史的低水準が続いています。良い物件は「出た瞬間に決まる」とも言われる状況のなか、セットアップオフィスや居抜きオフィスのような「即入居可能」な物件は、競争環境でも動きやすい優位性があります。入居タイミングを逃したくない場面では、リードタイムの短さもコスト以外の判断要素になります。
まとめ——自社の状況に合わせた判断のポイント
セットアップオフィスの賃料は、月額坪単価だけを見れば通常オフィスより確かに高い水準です。しかし、初期費用・原状回復費・キャッシュフローへの影響を加味したトータルで判断すると、必ずしも「割高」ではないことが分かります。
判断のポイントを整理すると以下のとおりです。
- 入居期間:2〜3年以内であればセットアップオフィスはトータルコストで有利。5年超を前提とするなら通常オフィスも検討の余地がある
- キャッシュフロー:契約時の資金流出を抑えたい場合、セットアップ・居抜きオフィスは初期費用の削減効果が高い。浮いた資金を事業投資に充てられる
- 内装へのこだわり:自社ブランドに合わせた一からの内装を重視するなら通常オフィス。一定品質の空間をすぐに確保したいなら、セットアップオフィスが適している
- 坪単価の比較:必ずグロス(共益費込み)で揃えること。ネット表記の物件と単純比較しないよう注意が必要
- コスト削減の余地:フリーレント・敷金交渉・ハーフセットアップ物件の活用により、月額・初期費用の双方で削減の余地がある
居抜きオフィスは、前テナントの内装状態に左右される面があるものの、セットアップオフィスより月額賃料が抑えられるケースが多く、コストパフォーマンスの高い選択肢です。セットアップオフィスと並べて検討することで、より自社に合った条件の物件が見つかることがあります。
移転を検討する際は、「月額賃料」という一点だけでなく、入居期間・初期資金・事業フェーズという3つの軸で比較することをお勧めします。自社の状況に合った判断が、長期的なオフィスコストの最適化につながります。


