退去のときに「原状回復してください」と言われても、自社がどこまで直し、いくら払うことになるのかまでは、はっきりわからないという方は多いはずです。とくにオフィスや店舗は住居に比べて金額の桁が違い、総務や管理部門には社内への説明責任もついてきます。しかも調べ始めると「現状回復」「原状復帰」といった似た言葉が次々に出てきて、かえって混乱しがちです。この記事では、原状回復の正しい意味と紛らわしい用語の整理、賃貸住居・オフィス・店舗それぞれの範囲、費用の目安、そしてオフィスの原状回復費を抑える具体策までを順に解説します。読み終える頃には、自社が負う範囲とおおよその費用感がつかめる状態になります。
原状回復とは?意味をわかりやすく解説

原状回復とは、賃貸で借りた物件を退去する際に、借りたときの状態に戻して貸主へ返すことをいいます。まずは言葉の定義と、混同されやすい類似表現を整理します。
民法621条では、借主は賃借物を受け取った後に生じた損傷について、退去時に元に戻す義務を負うと定められています。ただしここには重要な但し書きがあり、通常の使用によって生じた損耗(通常損耗)と、時間の経過による劣化(経年劣化)は義務の対象から除かれます。つまり「新品同様に戻す」ことではなく、「借主が壊した・汚した部分を直す」ことが原状回復の本来の意味です。
一方で実務上は、契約書の特約によって範囲が広げられているケースが少なくありません。とくに事業用の賃貸オフィスや店舗では、通常損耗を含めて借主負担とする特約が置かれるのが一般的です。法律上の原則と、自社の契約書に書かれた内容は必ずしも一致しない。ここが最初の分かれ道になります。
「原状回復」「現状回復」「原状復帰」「現状復帰」の違い【比較表】
検索していると4つの表記が混在していて戸惑いますが、正式な用語は「原状回復」だけです。それぞれの位置づけを整理すると、次のようになります。
| 表記 | 正誤 | 意味・使われ方 |
|---|---|---|
| 原状回復 | 正式な用語 | 民法や国土交通省のガイドライン、賃貸借契約書で使われる正式表記。「原状」は元の状態を指す |
| 現状回復 | 誤字 | 「現状」は今の状態という意味のため筋が通らない。読みが同じことによる変換ミスで広まった表記 |
| 原状復帰 | 俗称 | 意味は原状回復とほぼ同じ。内装工事の現場で慣用的に使われるが、契約書上の用語ではない |
| 現状復帰 | 誤字 | 原状復帰の誤変換。正式な場面では使わない |
実務で問題になるのは表記そのものではなく、契約書に書かれた「どこまで戻すか」の中身です。打ち合わせで「原状復帰」と言われても原状回復と同じ意味だと理解しておけば、余計な混乱は避けられます。
原状回復の費用は誰が負担する?貸主・借主の原則
費用の負担者は「誰の責任で生じた損傷か」で切り分けるのが原則です。ここでは基本的な考え方と、判断のよりどころになる公的な指針を確認します。
通常損耗・経年劣化は借主負担にならない
原則として、普通に使っていれば当然生じる劣化は貸主の負担です。家賃には設備が少しずつ古くなる分のコストがあらかじめ含まれている、という考え方によるものです。
具体的には、日光によるクロスや床の変色、家具を通常どおり置いたことによる床のへこみ、画びょう程度の小さな穴、設備の寿命による故障などが通常損耗・経年劣化にあたります。反対に、飲み物をこぼして放置したシミ、結露を拭かずに広げたカビ、下地まで達するネジ穴、喫煙による強いヤニ汚れなどは、借主の使い方に起因するものとして借主負担と判断されやすい部分です。
押さえておきたいのは、この原則がそのまま通るのは主に住居用の賃貸だという点です。事業用の物件では特約が優先される場面が多く、同じ「経年劣化」でも扱いが変わります。
国土交通省ガイドラインが示す基本的な考え方
負担区分の判断基準としてよく参照されるのが、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。損耗を発生原因ごとに分類してどちらの負担にあたるかを整理したもので、設備ごとの耐用年数に応じて借主の負担割合を減らす考え方(経過年数による減価)も示されています。
ただしこのガイドラインは住居用賃貸を想定して作られたもので、賃貸オフィスや店舗にそのまま適用されるわけではありません。事業用物件では契約自由の原則が広く認められ、通常損耗まで借主が負担する特約も有効とされた裁判例があります。オフィスの場合に法律上どこまで義務を負うのかを確認したい方は、民法上のオフィス原状回復義務について詳しく解説した記事もあわせて読むと、自社の契約書を読み解く助けになります。
賃貸住居・賃貸オフィス・店舗で原状回復はどう違う?
同じ原状回復でも、物件の用途によって範囲も金額も大きく変わります。自社がどの類型にあたるかを押さえておくと、見積もりを見たときの納得感がまったく違ってきます。
賃貸住居の原状回復
住居用の賃貸は、国土交通省のガイドラインが判断のよりどころになるため、通常損耗・経年劣化は貸主負担という原則が比較的そのまま通ります。借主が負担するのは、故意・過失による破損や、手入れを怠ったことで生じた汚れなどが中心です。工事は貸主側が手配し、費用は敷金から精算されるのが一般的です。
賃貸オフィスの原状回復
賃貸オフィスでは、契約書の特約により通常損耗も含めて借主が負担するのが一般的です。入居時に施したパーテーション、会議室の間仕切り、増設したコンセントやLAN配線、造作した受付カウンターなどを撤去し、入居前の状態に戻して返却します。あわせて、床のタイルカーペットや壁のクロスの全面張り替え、天井の塗装、照明の交換までを求められるケースも珍しくありません。
さらに、工事業者を貸主が指定する「業者指定」の条項が入っていることも多く、相見積もりで価格を比べにくいという事情があります。これがオフィスの原状回復費が高止まりしやすい大きな理由です。どこまでが工事範囲に含まれるかは契約書と入居時の資料で決まるため、オフィスの原状回復の範囲についてさらに詳しく解説した記事で線引きを確認し、退去通知の前に貸主と認識をすり合わせておくと安心です。
店舗の原状回復
飲食店や物販店などの店舗は、3つのなかで最も負担が重くなりやすい類型です。内装や設備を大きく造り込むため、撤去する対象も多くなります。とくに多いのが「スケルトン返し」と呼ばれる条件で、内装・厨房設備・給排水やガスの配管・空調などをすべて撤去し、コンクリート躯体がむき出しの状態に戻すというものです。
飲食店ではダクトやグリストラップの撤去も加わり、坪単価は住居やオフィスより高くなります。逆に、次のテナントへ造作を残す「居抜き」で合意できれば、この負担を大きく減らせます。
原状回復にかかる費用の目安
実際にいくらかかるのかは、物件の用途・規模・ビルのグレードで変わります。あくまで目安ですが、一般的に語られる水準は次のとおりです。
| 用途 | 費用の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 賃貸住居(ワンルーム〜1LDK) | 数万円〜20万円程度 | 敷金から精算されるのが一般的 |
| 賃貸オフィス(小規模ビル・〜50坪程度) | 坪あたり2万〜5万円程度 | クロス・床材の張り替え、間仕切り撤去が中心 |
| 賃貸オフィス(大規模ビル・グレードの高いビル) | 坪あたり5万〜10万円以上 | 指定業者・夜間工事・復旧範囲の広さで高額化しやすい |
| 店舗(スケルトン返し) | 坪あたり10万〜15万円程度 | 飲食店は厨房・排気設備の撤去で上振れしやすい |
たとえば50坪のオフィスを大規模ビルで借りていた場合、坪7万円なら350万円という計算になります。移転費用や新オフィスの内装費と重なる時期に発生するため、資金計画では早い段階から見込んでおきたい支出です。条件別の金額をさらに細かく知りたい場合は、原状回復費用の相場をより詳しく解説した記事で確認してください。
なお、退去日までに工事が終わらなければ、その分の賃料を追加で求められることがあります。解約予告は6か月前という契約が多いため、通知と同時に工事のスケジュールを組み始めるのが安全です。
オフィスの原状回復費用を抑えるなら|居抜き・セットアップオフィスという選択肢
原状回復費は、見積もりを値切って下げるより、契約の入り口で構造的に軽くするほうが効果があります。その具体策が、居抜きオフィスとセットアップオフィスの活用です。セットアップオフィスと原状回復の関係を詳しく解説した記事もあわせて読むと、契約時に確認すべき点がつかめます。
居抜きオフィスは原状回復義務そのものを圧縮できる
居抜きオフィスとは、前のテナントが使っていた内装や設備を残したまま引き継ぐ物件です。入居時には会議室の間仕切りやLAN配線、受付などが整っているため、内装工事費を大きく抑えられます。
原状回復の面でより重要なのは、退去時の扱いです。自社が造作した部分がもともと少なければ、撤去すべき対象も減ります。さらに、次に入るテナントへ造作を引き継ぐ形で退去できれば、原状回復工事そのものを免除・軽減してもらえる可能性があります。ただしこれは貸主との合意が前提です。入居契約の段階で「居抜きでの退去を認めるか」を書面で確認しておかないと、退去時に話が振り出しに戻ってしまいます。
セットアップオフィスも退去時の負担を抑えやすい
セットアップオフィスは、貸主側があらかじめ内装や什器を整えた状態で貸し出す物件です。会議室やデスクが備わっているため、借主が新たに造作する必要がほとんどありません。
造作しなければ、退去時に撤去するものも生まれません。多くの場合、貸主が用意した内装はそのまま残して返す契約になっており、原状回復の対象は自社が持ち込んだ備品の撤去と簡単な清掃程度にとどまります。初期費用と退去費用を同時に読みやすいという意味で、コストの見通しを重視する企業と相性のよい選択肢です。
どちらを選ぶか迷ったら、判断の基準は「自社仕様にどこまで造り込みたいか」です。レイアウトにこだわりがあり、ある程度の造作を前提とするなら居抜きオフィス。造作を極力減らして初期費用と退去費用の両方を軽くしたいなら、セットアップオフィスが向いています。
よくある質問
この記事に関してよく寄せられる質問をまとめました。
原状回復の見積もりが高いと感じたら、交渉できますか?
交渉の余地はあります。まず契約書で工事範囲と業者指定の有無を確認し、見積書を「どの工事に、どの単価で、何平米」まで分解して内訳を出してもらってください。契約上の義務を超える範囲(自社が触っていない箇所の全面張り替えなど)が含まれていれば、根拠を示して除外を求められます。業者指定がない契約なら、相見積もりを取るだけで金額が変わることもあります。
原状回復の費用は敷金・保証金から差し引かれますか?
賃貸オフィスでは、預けた保証金から工事費を精算し、残額が返還されるのが一般的です。ただしオフィスの原状回復費は保証金を上回ることもあり、その場合は差額を追加で支払うことになります。保証金が全額返ってくる前提で移転予算を組むと資金繰りが苦しくなるため、余裕を見た試算をおすすめします。
オフィスの原状回復にガイドラインは使えないのですか?
国土交通省のガイドラインは住居用賃貸を想定した指針で、事業用物件に当然に適用されるものではありません。オフィスでは契約書の特約が優先されるため、まず自社の契約条項を確認するのが出発点になります。ただし、負担区分の考え方そのものは、貸主と話し合う際の説明材料として活用できます。
居抜きで退去すれば、原状回復は必ず不要になりますか?
必ず不要になるわけではありません。造作を引き継ぐ次のテナントが決まり、貸主が承諾して初めて成立します。承諾が得られなければ通常どおりの原状回復工事が必要になるため、入居時の契約段階で居抜き退去の可否を確認しておくことが、実現の確率を高めます。
まとめ|原状回復の基本を理解し、次のオフィス移転に備える
原状回復とは、借りた物件を元の状態に戻して返すことです。法律上は通常損耗・経年劣化まで戻す必要はありませんが、賃貸オフィスや店舗では特約によって範囲が広がるため、判断の出発点は常に自社の契約書になります。
- 正式な用語は「原状回復」。「現状回復」は誤字、「原状復帰」は同義の俗称
- 住居はガイドラインの原則が通りやすく、オフィス・店舗は特約が優先される
- 費用の目安はオフィスで坪2万〜10万円以上、店舗のスケルトン返しで坪10万〜15万円程度
- 解約予告の6か月前から、契約書の確認と工事範囲のすり合わせを始める
- 費用を構造的に抑えるなら、居抜きオフィスまたはセットアップオフィスの活用が有効
まず取り組みたいのは、いま入居している物件の契約書を開き、原状回復条項と業者指定の有無を確認することです。そのうえで次の移転先を選ぶ際に、造作をどこまで自社で行うかという視点を持てば、入居時の内装費と退去時の原状回復費の両方を抑えられます。原状回復は避けられない費用ですが、契約の入り口で選び方を変えれば、負担の大きさは自社でコントロールできます。


